ご 挨 拶

 伊豆の田方平野は気候に恵まれ、肥沃な土地に恵まれ、そして富士山の景観にも人情にも恵まれた土地です。
 江川一族とそれを取りまく人々は、九百年の永きにわたってこの土地に住み続けてきました。この歴史とそれを支えてきた文化遺産、そしてその中で行われてきた事々の記録を後世に向かって伝え守っていくのが、財団法人江川文庫の責務です。
 そのためには、多くの方々にこの歴史遺産をご覧いただき、その価値を認識していただくことが重要です。江川文庫は文化庁、静岡県、並びに伊豆の国市のご協力のもとにそのための事業を行なっています。是非皆様方にご関心をお持ちいただくよう、希望しております。
           財団法人 江川文庫 理事長
                         





    韮山町閉町に寄せて

                             理事長  江川 滉ニ
 
 
三町合併によって、韮山町の名称が消え去ることとなった。韮山の住民でなくなることを残念 に思っておられる方々も多いと思う。
 私たち韮山に関係のある者は、この韮山という地名に対して特別の愛着と誇りを持っている。それは単に現在の自然や人情によるものではなく、歴史に根ざすものだろう。徳川時代の韮山は、伊豆半島のみならず関東・東海のかなり大きな地域の行政の中心地だった。三浦半島や甲州、多摩までがその範囲に含まれていた時代もあるという。その韮山役所跡は、最近国の史跡に指定された。さらに、特に幕末には、韮山は一つの革新的な文化の中心地だったのである。そして当時のこの地の名称は、「伊豆の国韮山」であった。その後、韮山県、韮山村、韮山町と変遷して、古くから韮山と呼ばれてきた地域だけが、いま伊豆の国市韮山となろうとしているわけだ。
 つまり、韮山は振り出しに戻って無冠の局地的な一地名に戻るわけだが、一面から言えば、韮山が一番輝いていた時代の名称に戻るわけでもある。したがって、町名としての韮山が消えることに対して感傷を抱く必要は必ずしもない。
 文化によって世の中をリードするためには、その地域が広い必要は何らない。韮山が再び世に明らかな地名として登場することを期待しよう。
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